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カリノ界隈

フリーライターカリノのブログです。

自分のお葬式を想像すれば生き方が見えてくるんだって

キャリア

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こんにちはキャリアカウンセラー/キャリアエッセイストのカリノです。

 

祖父の葬儀でみんなが言った言葉

 

私には10歳年下の夫が1人いて、とても可愛がっております。

彼のおじいちゃんは、数年前、私たちが結婚して少ししてから亡くなりました。

お酒が大好きな人なのに、下戸の家族に囲まれていたので、酒好きの孫嫁である私のことをとても可愛がってくれました。

いつもニコ二コ笑っている、優しいおじいちゃんでした。

病気で亡くなりましたが、長く患うことなく、静かで穏やかな最期だったと思います。

 

そんなおじいちゃんのお葬式。

これまで会ったことのない、たくさんの親戚が参列しました。

火葬場に移動し、骨上げまでの時間、私も彼女たちの輪に加わり、故人についての思い出話に耳を傾けました。

若い人のお葬式とちがって、参列する方々も、一通り悲しんだ後は、ほがらかな表情を見せています。

そんな中で語られるおじいちゃんは、私のイメージとは全くちがう男の人でした。

 

「いやー、ほんとあの人ときたら色男だったわね」

「ほんとほんと、どれだけヨリちゃん(祖母)を泣かせてきたことか」

「あと40年死ぬのが早かったら、葬式が修羅場になってたね」

 

どうやら若かりし頃のおじいちゃんは、ずいぶん破天荒なキャラだったようです。

これがもっと身近な、自分の父親だったりしたら、私も複雑な気持ちになったのでしょう。

でも、義理の祖父という近いようで遠い間柄のためか、最初は「おじいちゃん、天晴」と微笑ましい気持ちで話を聞くことができました。

ですが、口さがないおばさまたちのお話は途切れることがなく、あまりにも赤裸々なお話に、だんだんと困惑の気持ちが浮かび始めます。

私は、おじいちゃんの妻、おばあちゃんの小さな肩をそっと支えながら、「疲れたでしょう、あっちに行こう」とその場を離れることを促しました。

けれどもおばあちゃんは、にっこりと笑って、こう言ったんです。

「いいの。おじいちゃんはきっとこんな風に言われたかったの」

 

あなたの遺影を囲みながら、みんなにどんな話をしてほしいか

 

完訳 7つの習慣―人格主義の回復

完訳 7つの習慣―人格主義の回復

 

 「ビジネス書の古典」とも言える「7つの習慣」という本の中に、こんな質問があります。

 

自分のお葬式で、みんなに何と言われたいですか?

 

その言葉はあなたの人生のヒントになります。

そんな風に言われることを目標に、毎日の生活を送っていけばいいのです。

 

あなたはこの質問になんて答えますか?

私は数年前から、「面白い人だった」と言われたいと考えていました。

実際、「かわいい」とか「仕事ができる」と言われるより(あんまり言われないけど)、「面白い」と言われる方が、ずっと嬉しく感じます。

もちろん他の褒め言葉も嬉しいんですが、なんていうか、自分の存在をまるごと認めてもらったような深い満足感があるんですよね。

 

でも、ほんのちょっとだけ、自分の気持ちとズレがあったのも事実なんです。

「面白い」でいいんだけど、もう少し、こう、なんか微妙なニュアンスが足りないんだよなぁ。

その答えが見つからないまま、ひとまず「面白い人間だったと思われるような人生を送ろう」と私は考えてきました。

 

だけど、ついこの間わかったんです!

この少しのズレを埋める言葉が見つかったんです!

 

この1月、同じライターの方々と勉強会をしました。

そこで、それぞれがお互いにどんなイメージを抱いているか、意見交換をしたのです。

そこでライター仲間の七尾なおさんに言われた言葉が、私の新しい人生の指針になりました。

 

「カリノさんて、なんかお茶目」

 

お茶目! 

この言葉を聞いた瞬間に、わかりました。

私はもっと「お茶目」と言われたいと。

 

この言葉には「面白い」にはない、愛され感とか、ちょっと抜けた感じとか、そこはかとないセクシーさとか(?)、私が求めているものが全部含まれている気がしました。

その日から、私の人生は「お茶目と言われたい人生」になったんです。

 

言葉って不思議ですよね。

ピタッとはまる言葉を見つけた途端、これまでモヤモヤとしたイメージに過ぎなかったものが、クッキリと姿を現してくれるんですから。

 

キャリアライター/キャリアエッセイストという言葉を閃いた時も、「ライターはライターだし、仕事について書くことがメインでまちがいないんだけど、その周辺のものもコミコミにしたもう少し懐の深い感じ」という、実に曖昧なイメージが、自分の中で鮮明な像になるのを感じました。

 

だからみなさんも、ぜひ自分のお葬式で言われたいことを言葉にしてみてください。

「みんなが集まって何となく褒めてくれてる」というようなボンヤリしたものでなく、「これ!」って思えるピッタリした言葉を探してみましょう。

自分がどんな人生を送りたいと思っているか、もっとクリアになると思いますよ。

 

幸せなおじいちゃんと幸せな私

おじいちゃんはきっと色男と言われたくて、色男として生き、最期まで色男と言われた幸せな人生を送ったのだと思います。

たくさん泣かせたくせに、そんな人生を静かに肯定してくれるおばあちゃんと一生を共に過ごせたのだから、幸せでないわけがありません。

 

そのおじいちゃんの孫の嫁の私。

楽しそうに思い出話に花を咲かせるおばさま方に「ゴロウさん(夫)もおじいちゃんによく似てるから心配です〜」と話したら、「何言ってんの!あんなもんじゃないわよ!おじいちゃんはもっともっとずっといい男だったわよ!」と言われました。

 

そんなかわいそうな男の妻ですが、私からすれば夫も十分にいい男なので、私もまずまず幸せだと思っています。

 

これからもお茶目で幸せな人生を送れるよう、頑張っていきたいなあと思いながら、日々を生きています。