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カリノ界隈

フリーライターカリノのブログです。

「タラレバ」はあなたの心を映す鏡かもしれない

ライター キャリア

今週のお題「私のタラレバ」

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はてなブログ今週のお題が「私のタラレバ」ということで、思い出した記憶をひとつ。

 

 

新卒で企業に入社してフリーランスになった今年まで、多少のブランクはあったものの、ずっと人事系の仕事をしていました。とても大好きな仕事でやりがいも感じていて、もっとキャリアというものを知りたくて、勉強してキャリアカウンセラーとして働いていた時期もあります。

そんな風に十数年携わってきた仕事ですが、はじめから人事の仕事が好きだったわけではなく、20代の頃はずっと他の何かをしたくて、いろんなことに手を出していました。いわゆる自分探しですね。なんてったってロスジェネ世代。中田英寿と同級生ですから。

 

WEBデザイナーのスクールに行ってみたり、セラピストになろうとアロマスクールの見学に行ったり、保育士試験、社労士試験、簿記の勉強もしました。趣味に生きようと、マラソンしてみたり、ヨガを始めてみたり、テニススクールに通ったり、ギターを買ってみたり。「今の自分じゃない何か」を見つけたくて、人事系の勉強は全然しなかったなあ。

 

やがて、今みたいにブログを書くようになり、自分が書いた文章を読んでもらえる喜びに目覚めて、ライターを目指すようになりました。未経験OKの求人を探しては応募して面接に行って。ライターをしている友人のツテで、メディアの人が出入りしてるお店についていってみたりして。あの頃は「ブロガー」や「クラウドソーシング」なんて言葉もなくて、現実で動いてみるしか、道はない気がしていました。

 

他の夢はベルトコンベアーに乗せられたお寿司みたいに、次々と目の前を行き過ぎていったけど、「書くことを仕事にしたい」という夢だけは、ずっと私の中に留まり続け、私のゆるい転職活動は2年近く続きました。ギョーカイ人っぽいライターや編集者のノリに慣れることができず、六本木やら麻布やらのバーに顔を出すのは早々にやめました。そして、面接で落ちることにもすっかり慣れっこになった頃、どういうわけか1つの編集プロダクションが、私に内定を出したのです。

 

夢にまで見た「書く仕事」につける、と私は小おどりしました。そして入社時期の相談をするため、改めて会社を訪問し、ついでに社内を見学させてもらうことになったんです。つきそってくれた上司になる人もとても感じがよくて、私はワクワクしながら働くことになるオフィスを見て回りました。そして、最後に面談室に戻る途中、廊下の隅にある水道を指さしてその人が言ったんです。

 

「締め切り間際には、みんなあそこで髪を洗ってるんだ」って。

 

その一言で、私は入社を諦め、帰り道にはもう内定辞退の電話をしていました。

 

その後、ちょうどタイミングよく、本社から現場に異動が決まり、仕事が面白くなったこともあって、私は人事の仕事にのめり込んでいきました。もうライターの求人を探すこともなくなります。やがて、ブログもやめ、書くこと自体から遠ざかり、「ライターになる」という夢はすっかり過去のものになりました。

 

それなのに、なぜか、私は繰り返し「もしあの時、あの会社に入社していたら」と考えました。そしてすぐ「これでよかったんだ」とその考えを打ち消しました。異動先での仕事は本当に面白く、人間関係もよかったし、おまけに夫になる人にまで出会えて、本当に心からそう思っていたんです。

 

でも、それなのに、です。

 

髪を職場の水道で洗うことくらいで(全然「くらい」じゃないけど)ひるんでしまうんだから、飛び込まなくてよかったってわかっているのに。それなのに、他のいろんなことにはほとんど後悔はないのに、このことにだけは、「タラレバ」が繰り返し心の中に湧き上がってしまっていたんです。

 

そのまま数年がたち、結婚した後も人事の仕事を続け、子供も生まれ、人生の舵を大きくきることはもうないんだろうと思うようになっても、私はこのことを忘れてしまえませんでした。もうその「タラレバ」が心をちくちく刺して痛いなんてことはなくなったけれど、でも完全に消えてしまうことはなかったんです。

 

かと言って、私は「いつかライターになろう!」と思っていたわけではありませんでした。文章力をみがく努力をしていたわけでもないし、ライターになるチャンスを探していたわけでもありません。クラウドソーシングも、はじめは「懸賞をやるよりも確実にお金がもらえるなら」と軽い気持ちで試してみただけでした。でも、心のどこかで、まだその「タラレバ」が生きていて、そのおかげで、こうしてライターの仕事に打ち込むようになったんだと思っています。

 

だって、私の人生の中に、他にも後悔できることはたくさんあるはずなんです。

 

もしもあの時両親にああ言っていたら?

もしもあの時あの学校を受験していたら?

もしもあの時あの人とさっさと別れていたら?

もしもあの日あの時あの場所で君に出会わなかったら?(これは後悔じゃない)

 

でも、繰り返し私の中にあらわれる「タラレバ」は「書くこと」に対してだけでした。だから、私は、これが自分に重要なことだと理解し、もしも、次の波がやってきたら、どんなに下手くそにでもそれに乗ってみるべきだと思えたんです。それがあって、私はこうしてよちよちとその波に乗っているわけなんです。

 

だからね、「タラレバ」って悪いだけのものじゃないのかもしれませんよ。「タラタラレバレバ」呟いてばかりいるのはニガイけど、でもそこに、自分が大切にしたいもののヒントが隠れているのかも。悪者あつかいして捨てることばかり考えないで、どうせ捨てられないのなら、かぶりついてよく噛みしめてみると、何かがわかるかもしれません。

 

ということで、あなたの「タラレバ」って、何ですか?